2009年12月06日

少年の日の思い出

幼い頃の思い出について書いてみようと思います。もちろん英語絡みの話です。

小さい頃の話。『モクモク村のけんちゃん』という英語教材が家にありました。わたしと同世代ならご存知の方がいるかもしれません。英語教育に熱心だった母の独断で購入したのか、夫婦で決めたのかわかりませんが、物心つく頃にはすでに子供部屋の一角を占領していました。紙芝居、オーディオテープ、それらをしまうための棚まですべてセットだったと記憶しています。金額は知りませんが、cosa家にとっては結構な出費だったはずです。ストーリーは楽しめました。でもそれは日本語ナレーションでのこと。結局、英語のテープを聞いても理解できるはずもなく、そのままに聴かなくなってしまいました。母語であらすじを理解したものを、英語版テープで聞いていれば、「自然に」英語がわかるようになるかもしれない、ひょっとしたら「ペラペラに」英語を話せるようになるかもしれない、そういう幻想を抱いていた母親。せっかくの親心を踏みにじった息子。

今度は私が中学生になる頃のお話。母親はNHKラジオを聞かせようとします。毎朝『基礎英語』を聞きながら朝食を食べることになりました。しかし部活動が本格化すると朝練で6時過ぎには家を出る日々となり、母親の目論見はまたしても崩れることになります。それでも諦めのわるい母は、町の公民館で週に一度行われる英会話に自ら参加し、私を引き込もうとしました。でもテニス部の練習が夜遅くまであり、帰宅が8時になるのが当たり前。それから夕食を食べるのですから、公民館の英会話に通えるわけがありません。息子の英語力をどうにかしたいという親心。それに応えようとしない息子。

さて、この2つ出来事がいまの英語力の一助となっています、と書けば少しは恩返しになるのかもしれません。でも世の中はそれほど甘くはありません。中学時代、英語の成績は中の上で、母からは「いつもあなたは『まあまあ』ね」と揶揄されていたくらい。決して嫌いな科目ではありませんでしたが、学校の授業はよく理解していなかったと思います。あの頃は英語に対して勉強する価値を見出していなかったと言っていいでしょう。勉強より部活。頭のなかは1:9で英語より断然テニスでした。

母親が子供のためを思ってやってきた数々の挑戦。いまの英語力に結びついてはいないと思います。あの頃の私には単なる英語教育の「押し付け」でしかありませんでした。高校の英語の成績もやはり中の上。得意科目ですと胸を張っていえるような点数はとっていません。大学でも英語とは全く縁のない学部に進学しました。でも今は英語を教える仕事に就いています。子供の頃のわたしを考えればとても不思議な感じがしますし、英語力をつけるのにずいぶんと回り道をしているなと感じます。でもすべての経験が積み重なってこそ、現在の自分があるのだと今は受け入れています。


私が幼少期に親しんだ『モクモク村のけんちゃん』が2009年現在、ブリタニカよりCD-ROMにて復刊しています。どんな英語なのか聞いてみたいような気がしないでもありません。
posted by cosa at 04:33| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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