2008年10月27日

ホームレス

予備校に通っていた頃の話。もう十年以上も前のことなので、多少の脚色がありますが、ご了承ください。

ちょうど今頃の時期だったと記憶しています。静かに集中して勉強する場を確保するため、始発電車で通学していました。駅に着いてもまだ校舎は空いていません。そこで、開館するまでの小一時間を駅のベンチに座って単語帳を眺めて過ごしていました。母の作ってくれたおむすびをほおばりながら。

私が通っていた予備校のある駅には、早朝は電車を利用するビジネスマンや旅行者に混じって、路上生活者たちも構内を歩いたりしていました。それは毎日見る風景でしかなく、当時のわたしには怖いとか気味が悪いという嫌悪感は特になかったと思います。駅で見る風景の一部にすぎませんでしたから。人通りや騒音は気にならず、駅のベンチでも単語帳にのめり込むことはできていました。

ある朝いつものようにベンチで勉強していると、ホームレスと思われるおじさんが隣に腰掛け、話しかけてきました。カップ酒を飲んでほろ酔い状態。次のような話を初対面の私に語りはじめました。
中国に黄河って川があるだろ。そのずっと上流に行くと、それはそれはものすごく急な流れがある。下流から泳いできた鯉(こい)が次々とその急流をのぼろうと挑む。滝みたいに流れが速くて急だから、なかなか登りきることができない。鯉たちは挑んでは失敗、挑んでは失敗を繰り返す。でもなかにはその急流をついには登りきるのがいてさ、その鯉は龍になるわけ。それを「登竜門」と呼ぶの。

これを聞いていると鳥肌が立っていました。それは決して早朝の寒さからではなくて、ある種の感動だったと思います。そして自らを鯉になぞらえて、やる気がみなぎってくる感じがした。試練を乗り越えて龍にになってやるぞと。

そのホームレスのおじさんとは、「登竜門」の話以外には何を話したのか、どんな言葉を交わして別れたのか、今では記憶も曖昧でよく覚えていない。でもほかの誰もしてない貴重な体験となった。自分だけが選ばれた勇者にでもなった気分がした。これをきっかけに猛烈に勉強をやり出したとかいうことはないが、路上生活者への見方はだいぶ変わった。

その後そのおじさんに二度と会うことはなく、なんだか淋しい感じがした。おじさんがどうして私にこんな話をしてくれたのかわからない。ただの暇つぶしに若造に話しかけてみたかっただけかもしれない。でも彼のことばは、両親や友人、先生の励ましよりもずっと心に響いた。

そしていま私自身が指導者として、このときほど心に響くことばを語たれているだろうかと時々自問する。聞き手の目が輝き、生き方に影響を与えるような語り。少し生意気かも知れないけど、一人でも多くの人生に影響を及ぼす存在でありたい。そのために、日々学び、語るべきことばを磨いていきたいと思う。
posted by cosa at 03:15| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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